パニック状態で「パニック」と呼ぶな

皆さんはパニックという言葉にどのようなイメージをもっていますか?

診療していると、ASDの症状として、こだわりや、パニックがあるのは当然だというような言い方をされることがあります。そういう情報提供書や診断書もよく見ますし、書かざるを得ないこともあります。(支援サービスを受けるために大変さを伝えるため)

「パニック」や「こだわり」、「愛着」というのは、気軽に使われるけれど、明確な定義がなく、思い浮かべるものは人によってさまざまな、くせものキーワードだとおもいます。

一般的にわれわれがパニックというときには、あまりに想定外の出来事に思考や行動が混乱したまま一時的に統制がとれずにいる状態のことを指します。
血液検査の数値が予想をはるかに上回る値だったりするときにパニック値といったりします。
たいていは点滴している近くで採血してしまったとか、検体のスピッツ(容器)の種類を間違えたとかの何らかのミスです。落ち着いて対処しましょう。
そういえば、私も初期研修医の頃に指導医に「お前はよくパニクるのがいけない」といわれたことがありました。
私の特性上、見通しがもてず、段取りがつけられずないと、パニクります。なので、自分のタイプを考えた結果、今は多職種にフォローされつつ比較的落ち着いてやれる精神科の外来や訪問中心のお仕事をえらんでいます。

精神疾患においてはパニック障害panic disorder/パニック発作panic attacksには明確な診断基準や定義があります。扁桃体などが誤作動して、脳内の緊急警報が発動する状態ですね。SSRIというタイプの薬が比較的よく効きます。
ASDのパニックとパニック発作、パニック障害を同じと思って勘違いされている方もいるのですが、ASDに対してしばしば使われるパニックという言い方はそれとも違うようです。

どちらかというと一般用語としての、パニック映画や災害時のパニックなどに重なりますが、使う人によってイメージするものが異なってくるバズワードです。ですので、「パニック状態」、「いわゆるパニック」くらいの言い方しておくほうが無難かもしれません。

本来のパニックは、災害や暗闇で暴漢に襲われるなど予想外のことがおこったときに大脳皮質を働かせ、理屈で考え理性的に行動するより、原始的な脳を働かせて、遺伝子や感情・記憶をもとに無意識のまま動くほうが生き残る可能性が高いときに起動するシステムです。
「熟考してから」、「話せばわかる」が通用しないときに生き延びるための理性を無効化して本能を優先させる非常装置が起動された状態と言えます。交感神経が興奮して、闘争、逃避、フリーズの形になることがあります。
暴れるのも固まってしまうのもどちらもパニックの表現型としてはありえます。

 ASDがあり、理解と配慮がないと、感覚の特異性から、多数派むけの環境では見通しが持ちづらく、物事のつながりがわかりにくい状態で日々くらいしています。不安と苦痛と混乱の中に放置されやすく、日々の生活で容易に不意打ち状態となり、パニック状態になりやすいのだと思われます。また不意打ちされた理不尽な体験は過去の記憶に感情とともに刻み込まれやすく、些細なトリガー(例えば声質)などで過去の嫌な記憶が脳内再生されたりということも起こります。
 頭の中で思い描いていた流れと違う場合に修正が追いつかず、不安と苦痛と混乱の中に放りだされ着地点が見いだせない状態なのだと思います。

 また感覚が過敏なため常に多くの刺激にさらされて、感覚入力が処理しきれずオーバーフローしてのメルトダウンというのもこれに類似した状態でしょう。天気や生理との関係や、便秘、痛み、疲れなどの体調不良があると脳のキャパシティに余裕がなくなりパニックになりやすいとおもわれます。

イギリス自閉症協会のつくった啓発動画

 一方で支援の現場で気軽につかうパニックという言葉には、上記のようなパニックではなく、明確に意識的ではないにしろ分かってやっている行動(パニックもどき)も混じっているようです。外部からの些細なトリガーが過去のトラウマ記憶と結びついてのフラッシュバック、タイムスリップ現象も周囲からは原因がわからないパニック状態と捉えられるでしょう。

そう考えると一言でパニックといってもいろいろあるのがわかります。

 我々が混乱している当事者に対して、その背景が読み取れないことにパニックとラベルをはってそこで思考停止してしまうこと自体、ある種のパニックなのかもしれません。

パニックは伝染します。

パニックの人が目の前にいるとどうしていいかわからず自分がパニックになり、落ち着いてアセスメントに基づく行動や対話ができなくなります。

「パニック」という表現で済まさず、まずは深呼吸して落ち着いて、知識と余裕をもって、その状態像の背景にあるもの、前後関係を観察し、分析した上で、対処を考えることが大切なのだとおもいます。

次回は「こだわり」について考察しますか。

トップへ戻る
タイトルとURLをコピーしました