発達特性の視点、トラウマのメガネ
今回の内容も専門家向けかもしれませんが、よろしければお付き合いください。
医療、教育、福祉の界隈で、発達という視点の重要性はずいぶん認知されるようになりました。
そして、それに加えてトラウマ(こころの傷)の視点が重要だということも徐々に広まってきたように思います。
もともと児童発達を専門領域とする専門職は精神分析などに親和性があり虐待防止やトラウマケアを主とする流派と、応用行動分析などに親和性がある発達支援を主とする流派に分かれていました。(私見ですが)
これは対象者が治療的介入が主か、予防的介入が主か関わる対象も違うということもあるのかもしれませんが、それぞれ学会やお仲間のグループもわかれていてあまり交わりがありませんでした。
最近になりACE(子ども時代の逆境体験)とその後の広範な影響が知られるようになり、そのあたりからやっと相互の乗り入れや対話がすすみつつあるかなあという印象ですね。
結局、どちらの視点も大事だなというのが臨床をやっていての実感です。
ではトラウマとは何でしょうか?
ストレスとは一時的、可逆的なものですが、トラウマ(心の傷)があると、終わったことなのにいつまでも終わらず、長期間影響がのこります。
特に戦争や災害、事件に巻き込まれたり、性被害をうけたことなどにより、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)レベルになると、回避や侵入、フラッシュバック、覚醒や反応性の異常、易刺激性、警戒心、驚愕反応、集中困難、睡眠障害などが日常に頻発します。
そこまででなくても、不適切な療育や虐待、いじめなどの出来事による日常的、慢性的なトラウマ体験により、トラウマ体験を想起させるささいな刺激(トリガー、トラウマリマインダー)により、様々なネガティブな感情を引き起こされ、それがいやな思考をつれてきます。無意識のうちに、ものごとの捉えたかたや、考えかたの癖となり硬直した思考パターンになります。(非機能的な認知といいます)。そしてそれがパーソナリティ(対人関係のパターン)を形作り、二次的、三次的にさまざまな精神疾患をもたらします。
トラウマ体験がその人の人生にあたえる影響は甚大なのです。
子どもに関しても、虐待やいじめ、自然災害、死別などに関してさまざまなトラウマが見いだされるようになりました。福井大学の友田明美先生らの研究でも、マルトリートメントなどストレスフルな環境やトラウマが、発達途上の子どもの脳にどのような影響を与えるかが調べられ、MRIなどでも明らかに脳に見える傷をのこしていることが明らかにされています。
まずは支援者が、そして本人も、それを分かった上でトラウマの予防、再トラウマ化の予防し、事実と感情を切り分け、未来につながる物語を紡ぎ直し、いまここを生きることができるようになるための回復のステップを丁寧に踏むことが求められます。
全てのトラウマ的体験自体を回避できるものではありませんが、世代間での逆境の連鎖、少数派の発達特性ゆえの不利益など予防できるものは予防する必要があります。自然災害が多い我が国において、PFA(サイコロジカル・ファーストエイド)も広まってきており、事件や事故の被害者、自然災害の被災者を支援する現場では、そういった考えや手法を元に対応されるようになってきています。
そして一般市民にもトラウマへの理解をひろめようと、パブリックヘルス上の問題としてTIC(トラウマインフォームドケア)がひろまってきています。
さまざまな医療や教育、福祉の現場で、トラウマという視点(トラウマメガネ)で事象を見られるようになり、トラウマの予防、ケア、そして最トラウマ化をふせぎ、トラウマの影響による断絶孤立を防ぎ対話をすすめられる社会にしていきたいところです。
子どものトラウマとPTSDの治療
過酷な状況にいる方に関しては、まずは、今現在の安心、安全が脅かされている場合、その確保が最優先であり、それすら出来ていないケースも多いのは治療以前の問題ではあるのですが・・。
穏やかになれる時間を増やすことが先決。さしあたっての安全安心の確保され、本人が過去のトラウマ体験を乗り越えたいと思っているときの次のステップとして、支援者は親子に具体的に何ができるのか、何をやればいいのか・・。
PTG(ポスト・トラウマティックグロース:外傷後成長)を促すたすためには何が必要なのか・・・。
トラウマケアにはさまざまな技法が提唱されていますが、その中に、TF-CBT(トラウマフォーカスド認知行動療法)というプログラムがあります。
TF-CBTは効果が実証され、いくつかのPTSD 治療ガイドラインにおいて子どものトラウマへの第一選択治療として推奨されているプログラムです。
私は講演会で概論を聞いたり、以下の本で概要をさらっただけですが、機会をつくって正式なトレーニングコースもうけてみたいと思いました。
TF-CBTのプログラムは以下のような要素からなります。
TF-CBTの治療構成要素「A-PRACTICE」(Cohen et al., 2017)
Assessment and case conceptualization
アセスメントとケースの概念化Psychoeducation about child trauma and trauma reminders
子どものトラウマとトラウマリマインダーについての心理教育Parenting component including parenting skills
ペアレンティングスキルを含む養育に関する要素Relaxation skills individualized to child and parent
子どもと養育者それぞれへのリラクセーションスキルAffective expression and modulation skills tailored to youth and family
子どもと家族に合わせた感情表出と調整のスキルCognitive coping: cognitive triangle
認知コーピング: 認知の三角形Trauma narration and processing
トラウマナレーションとプロセシングIn vivo mastery of trauma reminders
実生活内でのトラウマリマインダーの統制Conjoint child-parent sessions
親子合同セッションEnhancing future safety and development
将来の安全と発達の強化
一つ一つの要素は日常臨床でもやったり伝えているようなことではあるのですが、プログラムとなると緻密かつ丁寧に工夫され、組み上げられていてすごいですね。海外のエビデンスの集積されたプログラムってこういうものが多く、PECS(絵カード交換式コミュニケーションシステム)のワークショップを受けた時のような印象です。
比較的軽度の方、健康度が高い方はブリーフセラピーでもなんとかなるのかもしれませんが、重症で適応のあるケースならば、回復の土台をつくるためにカウンセリングや投薬を漫然と続けるよりも、こういったプログラムで一気にやってしまうというやり方がいいように思います。
当事者(子と養育者)も治療者も、今どの段階に取り組んでいるのかを確認しながら協働できるのもいいですね。
もっとも、80分(子ども60分、親子合同で20分)を毎週、3ヶ月程度のセッションをするというのは、保険診療でクリニックでの外来診療の枠組みでは厳しく、治療者にもかなり応用力というか実践力が必要なプログラムだなあという印象を持ちました。
こういったプログラムを施行する際は適応を選び、きちんと手順に沿ってすすめることが大事なことはわかりますが、実際の日々の臨床現場で、そのままの形で使うのは難しい場合も多いです。それでも応用は効くので学んでおいて損はありません。
できればこういった高強度の集中的な介入が必要な方には、心理職やケースワーカーがいる児童相談所や精神保健センターなどの公的専門機関、公的医療機関などで公費で受けられる仕組みにしてほしいなあと思います。
長野県内では?
東京は児童相職員がTF-CBTのトレーニングを公費で受ける機会が多く設けられていたり、児童相談所や児童養護施設など福祉施設での導入が盛んだそうです。
うれしいことに長野県内でもトラウマケアに熱心な心理士を中心としたグループ(長野トラウマケアセンター)があり、EMDRやTFCBT、ホログラフィートークなどのトレーニングをうけた心理士による質の高いケアや、専門職の研修を受けることができるようです。
公的機関では児童相談所でもプログラムを実施できる心理士さんがいたり、児童家庭センターなどでも実施されるようになってきているようです。
こういったところと紹介されたり、紹介したりということもしあってますので、ご相談ください。
医療や教育、福祉と連携して必要な方に必要なケアとサポートを届けるためのケースワークや費用面をどうするかというのは喫緊の課題ですね。
残念ながら、教育や福祉、精神科や小児科の医療のなかでもまだまだトラウマの視点はまだまだ弱いです。
教育や対人援助、支援に関わる方(一般の方も)はまずはトラウマインフォームドケアの理解からです。