発達特性とアタッチメントとトラウマを知った上でのケア

コラム

「愛着障害」ではなくアタッチメントとトラウマから


先日、教育や子育て支援関係者の集団研修の冒頭に「愛着障害と家庭支援」について話してほしいと頼まれました。
オンラインで20分だけでしたが、こういうご依頼はありがたいです。

なんと診察室から参加出来ます。できればその後の事例検討などにも参加したかったけれど、午後の外来の時間に入ってしまい残念。

教育や子育て支援の現場で発達障害の特性や支援の方法論などはかなり広まりまってきたように思いますが、それで上手くいかないケースを「愛着障害」では?という教育分野の支援者は多いように思います。

この「愛着障害」を「後天性の発達障害」「第4の発達障害」などという言い方をする人もいるようです。

しかし、ここでは愛情がないなどと勘違いされやすい「愛着障害」という言葉はあえてつかわず、「アタッチメントとトラウマの問題」とさせていただき、短い時間ではありますが、TIC(トラウマインフォームドケア)の入り口について私なりにまとめたお話をさせていただきました。

このあたりを理解するのに長崎大学の今村先生の提唱する発達の五重塔モデルがわかりやすいと思います。



ASD、ADHD、知的能力障害、学習障害などの生来の発達の特性の上に、アタッチメント(ひっつき)、そしてトラウマ(こころの傷)が重なり、それが対人関係のパターン(パーソナリティ)となります。
そしてそれを一番外から見ると不安症やうつ状態など(メンタルの不調)が見えるわけです。

我々精神科医は一番外みえたメンタル不調に関してその根っこにあるものを逆にたどって読み解いていき、必要なケアやサポートを考えていきます。

そのために、問診や行動観察、心理検査などをしつつ様々なメガネ(フレームワーク)をもちいてアセスメントをおこなっていくことになります。

発達にしろ、トラウマにしろ、一つのメガネだけでみていると見誤ります。
そしてどんな眼鏡でも見えていない部分は必ずあります。
だから多職種、他職域でチームで関わることが重要です。
また本人との対話を継続していくことが大事になります。

だれにとってもおすすめできるのはストレングスのメガネ、特に自分と相手の隠れた強みを見つけてポジティブな相互作用をつくるストレングストーク®がおすすめです。

(参考)
はひふへほの精神療法とストレングストーク®

アタッチメントとトラウマの関係


さて、アタッチメントとはストレスがかかったときに母親など特定の対象に近接をもとめ安らぎ、サポート、養育、保護を求めるシステムのことです。
崩れた感情をなだめ、回復させる機能で、乳幼児期の母子関係に顕著ですが、それに限ったものではなく誰に対してもまた生涯を通じて見られるとされています。
アタッチメント理論はイギリスの児童精神科医であるボウルビィによって提唱され、エインワーズやメインによって発展してきました。

子どもはこのアタッチメントを得ることが出来る安全基地(養育者など)があるから、ストレスがかかってもトラウマになることなく、自らが安全であるという感覚、首尾一貫しているという感覚を持ち、再び世界への探索希求行動に向かうことができるわけです。

こういった安心感、神経系の協働調整、相互交流を得られない状態で育ってしまうとアタッチメント関連障害をきたします。

アタッチメントの反応のタイプについては分離不安の有無や養育者を基地とした探索行動で分類したスレンジシチュエーション法(エインワーズ)で判定されます。
適応的な安定型のアタッチメントから、非安定型(回避型、抵抗型、無秩序型)、安全基地の歪み、そして反応性アタッチメント障害(ルーマニアのチャウシェスクの落とし子ようにアタッチメントが形成されない。)までスペクトラムをなしていると考えられます。

アタッチメントとトラウマは別の物ですが、養育者もストレスを抱えて子どもに構う余裕がなかったり、何らかのトラウマを抱えているとアタッチメント感受性が低下し、アタッチメントシステムを起動することが上手くできません。またそのような状況ではメンタライジング能力も低下し、子どもとの相互交流を通じて豊かな愛着が形成できないということになります。
あまつさえアタッチメント対象である親から虐待などをうけたり、極端なネグレクトをうけると子どもの内的世界は混乱しトラウマを負います。


そういった人類の負の遺産である虐待やネグレクトなどの不適切養育的な小児期環境、アタッチメントの形成不全などの逆境を連鎖させないようにすることが大切です。
健全なアタッチメントが形成されるように、トラウマを予防できるように、トラウマをうけても回復できるように、親子への支援や、親子の並行治療が必要になってきます。

親子相互交流療法(PCIT)なんてのもありますね。

ACE studyとトラウマインフォームドケア

そしてトラウマです。

なんであれ、行動の問題をみたら、その人には逆境的な体験やトラウマがあるのかもと思ってケアすることが必要です。これがトラウマインフォームドケア(TIC)の基本姿勢であり、だれもが知っていてほしい公衆衛生上の課題です。

トラウマ体験はトラウマ反応を引き起こしトラウマを再演します。そしてトラウマは雪だるま式に増幅していきます。周囲の人、特に対人援助の支援者はトラウマを知って関わることにより、再トラウマ化をふせぎ、トラウマの影響による断絶孤立を防ぎ、対話をすすめることが求められます。

(参考)
トラウマメガネで見てみれば

TICは不適切養育や家族の機能不全などの逆境的な小児期の体験があると、トラウマやアタッチメント不全のために自分を大事にできなくなってしまい、健康を害する行動をとり様々な精神疾患、身体疾患、そして寿命にも関係するというアメリカでのACE研究というのがベースになっています。

成人期に健康的な行動が取れない人々がいることに対してアメリカの国立研究機関CDCで行われた大規模な調査研究です。南カルフォルニアで子ども時代の逆境的な体験と健康診断の結果との関連性が調査されました。
7つのカテゴリからなるACEスコアと、健康上の問題や、メンタルヘルスを始めとする様々なことの相関をみたというシンプルな研究ですが、その結果は世界に衝撃をあたえました。

子ども時代の逆境的な体験が多いほど、人は社会的、情動的、認知的な問題を抱える可能性が高まり、その結果、喫煙、暴飲暴食、薬物依存等の危険な行動が多くなり、それが病気に罹患したり事故で障害をもつリスクを高め、犯罪の原因にもなっていました。
そして、人が早期に死を迎えるリスクをも高めていたのです。



発達性トラウマ障害とは

この背景を理解するために動物や人の自律神経系のメカニズムと発達について少々知っておく必要があります。

避けられないストレスがかかると、原始的な野生動物でも交感神経系を優位にして闘うか逃げるかの即時反応をします。それでの対応が無理だとわかった時に意識や神経系をシャットダウンして固まるという反応になります。
蛇に睨まれたカエルってやつですね。

気を失ったまま死を向かえることもありますし運良く生き延びれば、ブルブルと身体を震わせてトラウマを振り払ってまた活動を再開します。

一方、犬やねこなどの動物の場合はアタッチメントシステムを、そして人になるとメンタライジングや言葉のシステムを起動して、社会交流システムを活性化させ相互交流や対話を継続することで、殺すか殺されるかではない社会をつくっているわけです。

このあたりのことはポリヴェーガル理論で説明されると理解しやすいですので、興味のある方は最後にあげた参考図書を御覧ください。

発達の過程で長期に渡る逆境的体験(トラウマやアタッチメントの不全)があると以下のような問題が起きてくるようです。
Van der KolkがDSM5に向けて提唱した発達性トラウマ障害の概念です。
結局発達性トラウマ障害はDSM5(アメリカの精神医学会の診断基準の第5版)では採用されませんでしたが、ICD11(WHOの診断基準の第11版)では複雑性PTSDが採用されました。

①感情及び身体調節の障害
②注意と行動の調整の障害
③自己及び対人関係における調節障害
④トラウマ関連症状の存在(侵入、回避、覚醒や反応の異常、認知や気分の異常)


典型的な臨床像としては、幼児期には、アタッチメント形成の障害がみられ、学童期にはADHDのような多動、破壊的行動が目立ち手がつけられなくなります。思春期ごろからはPTSDや解離症状の明確化し、自傷行為や物質依存、人や行為への依存などがでて、一部は複雑性PTSDへと進展していきます。

いづれにせよトラウマ体験は身体に記憶され、自分は大切な人で生きている価値があるという感覚、この世界は安全な場所だという感覚、そして公正世界信念が大きくゆらぎます。公正世界信念とは、良いことをした人には良いことがおこり、悪いことをした人には報いがあるという心理的バイアスで、信念なのでそもそも真実ではないわけですが。
その矛盾と葛藤を処理するためには、こんな目にあったのは自分が悪いという考え(同化)になったり、世の中は危険に満ち溢れているという過剰調整にならざるをえません。

自他に対する基本的信頼感が不足し、様々なトリガーでトラウマ反応を引き起こし、慢性的な不安緊張、抑うつ、疲れやすさ、非機能的な認知、感情調節の不安定さなどのために対人協調が難しくなったり、探索活動が不足し挑戦や経験にもとづく成長や回復の体験が積めなくなってしまうのが一番の問題となります。

そのためには今が逆境的な体験をしていことが大前提の環境のもと、身体的アプローチと、言語的アプローチの双方が必要になってきます。

トラウマインフォームド(トラウマの存在に配慮された、知った上での)な環境や関係性の中で、セラピストや仲間とともに、アタッチメントシステムを活性化し、協働調整をおこない、メンタライジングし、社会交流システムを適切に起動できるようにケアしていくことが必要になります。

子どものトラウマとケア


最近、この領域でのいい一般向けの書籍が増えてきています。コラムを読んで興味を持たれた方はぜひ学んでみてください。



↑ 発達障害とトラウマの関係について詳しい本です。

↑ 発達性トラウマ障害、ポリヴェーガル理論とセルフケアに関して詳しい本です。

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